夢枕獏「魔獣狩り」 サイコダイバーシリーズ

この世で一番面白い娯楽小説は? と聞かれたら、「夢枕獏魔獣狩り」と自分は答えると思う。

感動する小説、伏線が巧妙な小説、となれば他の小説を挙げるだろうけど、娯楽に特化した小説と言えば夢枕獏魔獣狩りしかないと思っている。

 

 

いつか「魔獣狩り」のことを書こう書こうと思っていて、結局こんなにも時間が経ってしまったけれど、いい機会なので書いてしまおうと思う。

 

魔獣狩り」は第一部が三部作で構成されていて、第二部の「新・魔獣狩り」は13巻で完結している。

私がここで言っているのは第一部の方である。

 

どんなストーリーなのか、wikiの解説をざっくり引用すると

3人の男がそれぞれのなりゆきで、邪教「ぱんしがる」に関わる。

という話。

 

邪教「ぱんしがる」のサバトを偶然目撃した文成仙吉、

「ぱんしがる」に奪われた御大師空海のミイラを取り返そうとする美空、

空海のミイラに「潜る」ことを依頼された九門鳳介、の三人が主人公となって話を進めていく。

 

前述したように、娯楽小説としての色がかなり濃い物語で、その「濃さ」がかなり気持ちいい。

バブル期のおよそ直前に書かれた小説なのだけれど、それに納得してしまえるくらい、金や権力、生への渇望が持つ毒々しい活気が文字から滲みだしている。

その毒々しさが心地いい。

生身の人間を使ったサバト、オカルト、伝奇、政界との癒着、金と暴力を使って人を支配しようとする者。

それらに三人の主人公がどう対峙していくのか、というのが大筋となる。

 

三人の行動原理は最初から一貫しており、対していわゆる「悪役」にあたる敵側は、これでもかというほどに金・性に絡めたグロテスクな振る舞いを描写される。

そういった敵側を主人公たちがはっ倒していく様子は一種のヒーロー物のように小気味いい。

ここで重要なのは、主人公たちは正義感にかられて敵を倒していくのではなく、単に自分の目的を阻む者だったからということで殺しているだけということ。

その殺し方に躊躇はない。そこも説教臭さがなく、アクション映画のような爽快感がある。

 

主人公側が躊躇なく人を殺すと書いたけれど、そもそもとしてこの三人の主人公は、読者にとって親しみを持てるキャラクターをしていない。

普通ならば、読者にとって近しい存在に思えるよう、何かしらの人間臭さや弱みを持っているけれど、最終面におけるとある一人を除けばそこに行きつくまでそういった面を一切見せない。

物語が進めば進むほど、いっそう三人が超然とした存在に見えてくる。

それなのに、この三人の冒険を追いたいと思う。

自分にとって一ミリも共感できない思考を持つ男たちだというのに、彼らの結末を知りたくて仕様がない。

自分から遠くかけ離れた、一生かけても理解のしようがない男たちの行動を頭の中に流し込まれていく体験は、一種の快楽まで感じられる。

 

主人公側の思考回路に親しみを覚えられない、と書いたけれど、それとは別に、主人公たちがその行動に至るまで抱いたのであろう感覚や見てきた景色に対しては、なぜだか懐かしさを覚えられるのも不思議だった。

自分もいつかこんな哀愁を抱いたことがあるかもしれない。こんな光景を見たことがあるのかもしれない、と読者に思わせる。

一度も見たことがないはずの、異様な景色についてさえそう思えてしまう。

夢枕獏の筆力とも言うべきものが、地の文に偏在している。

ただの「超人小説」に当てはまらない理由がそれだと思う。

好きな地の文の描写や台詞はたくさんあるが、その中でも以下の文が、ネタバレにならない範囲で自分は特に気に入っていた。

 

僧形の男──月心は、白い肌と知的な風貌をしていた。

どこか、あの美空に似た雰囲気が、その顔にはあった。

月心の肉体を、はっきりそれと分かる異様なものが包んでいた。

(中略)

時折、ぴくりと、頬と唇に間欠的に痙攣が走る。

その度に、常人にもわかる狂気の彩が、電光のようにその眼の表面に燃え上がるのだ。

わずかの興奮で、その人格がたやすく入れ替わりそうだった。

 

「わしは、初め、この不思議な気を発しているのは何者かと思ってな、そいつとやり合ってぶち殺すのを楽しみにここまでやって来たのよ。そうしたらばだ──」

「どうした」

「その相手は、阿呆面をして火など眺めておった」

「うむ」

「それがただ恰好をつけて、こう眺めておったのだからな、わしは、背後からいきなりお主の首をへし折ってもおったろうよ。それが、お主は本当にわしのことなどw擦れて火を眺めておった。わしがああしてあそこに立ち上がっても、お主はわしに気づかなんだ。あの時ほどさびしい思いをしたことはなかったぞ。わしは悔しくて意地になってあそこに立っておったのだ。ようやくお主がわしに気づいてくれた時には、嬉しくてな。お主をくびり殺してやりたかった気分がどこかへ消えてしもうた──」

 

常人には思いつきそうにない、グロテスクさや残虐さの中に、どこかで見た覚えのあるような、いつか自分にも覚えのあるような語り口が含まれているのが面白い。

 

こんな風に抜き出してみたけれど、やはり初めから追ってこそ感じられる文の卓越さがあるだろうから、気になった人には読んでもらいたい。

文中にはエロ・グロ要素が多いので、そこにだけ苦手な人は注意が必要かもしれない。

ただ、どちらにしてもそうそうしつこい描写でもないので、平気な人の方が多いと思う。

グロ描写のほとんどが殺人・格闘シーンなわけだけれど、やや大味にも思えるこのシーンが爽快感を足してくれるというか、

作中では虫けらのように人が死ぬが、どれも勧善懲悪というか、「死ぬべき人間だったな」と思わせてくれるのもこの作品の見どころだと思うので、できれば楽しんで見て欲しい。

 

密教、伝奇、オカルト、格闘、金、権力とオタクの好きな要素が盛りだくさんなので、引き込まれること間違いなしだと思う。

そしてできたらでいいので、もしこの小説を気に入ったのなら、はてなブログでもTwitterでも読書メーターでも、感想を書いてみて欲しい。

オタクにとって、新規オタクの悲鳴は全てに勝る栄養であるので……

 

おわり